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和歌山地方裁判所 昭和46年(ワ)88号 判決

原告 北野浩基

右法定代理人親権者父 北野實男

右法定代理人親権者母 北野フジ子

右訴訟代理人弁護士 榎本駿一郎

被告 沢本栄子

右訴訟代理人弁護士 岩崎英世

右同 真砂泰三

右同 小原邦夫

被告 甲野太郎

被告 甲野花子

右両名訴訟代理人弁護士 山崎和友

主文

一  被告らは原告に対し、各自金五〇万円およびこれに対する昭和四五年一一月一二日から支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担とし、その一を被告らの連帯負担とする。

四  この判決は、第一項にかぎり、仮りに執行することができる。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、原告

(請求の趣旨)

1 被告らは原告に対し、各自金一〇〇万円およびこれに対する昭和四五年一一月一二日から支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告らの負担とする。

3 仮執行の宣言

二、被告ら

(請求の趣旨に対する答弁)

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第二、当事者の主張

一、請求原因

(一)  事故の発生

原告は、次の事故(以下、本件事故という。)によって傷害をうけた。

1 発生時 昭和四五年一一月一一日午後四時三〇分ごろ

2 発生地 和歌山市狐島三九四番地さかえ保育園(以下、保育園という。)内運動場

3 加害者 訴外甲野一郎(保育園児、昭和三九年九月一七日生)(以下、一郎という。)

4 被害者 原告(保育園児、昭和四二年二月七日生)

5 態様  一郎が保育園で使用する粘土細工用練板(長さ約二〇センチメートル、幅約一五センチメートル、厚さ約三ミリ)ないしは運動場内のジャングルジムの下に落ちていたベニヤ板をもって、二メートル以内の距離から原告の方に向けて投げつけ、それが原告の右眼にあたった。一郎は、原告を別の喧嘩相手の園児と誤認して原告めがけて投げつけたか、あるいはその園児に投げつけたものが外れて原告にあたったものと考えられる。

6 原告は、本件事故により右眼球打撲・外傷性白内障・網膜振盪の傷害をうけ、受傷当日から昭和四六年五月一二日まで上野山眼科医院、和歌山県立医科大学附属病院等に通院して治療をうけた結果、網膜の外傷は瘢痕を残して治癒し症状は固定したものの、右眼水晶体に混濁があり、右眼の視力は裸眼〇・二、矯正〇・三ということであった。その後原告は、同年一一月ごろと昭和四八年二月ごろの二回にわたり右附属病院に通院したが、同月八日の診断の結果によると、右眼の視力は裸眼〇・四、矯正〇・九と回復したけれども、外傷性白内障は進行の可能性があるというものであった。

(二)  責任原因

一郎は、前記のとおり昭和三九年九月一七日生れで、本件事故当時満六歳の未成年者であり、本件行為の責任を弁識するに足りる知能を具えないものであるところ、被告沢本は保育園の園長として、同園の園児である一郎を父母の被告甲野両名に代って監督すべき義務があり、被告甲野両名は一郎の親権者として、同人を監督すべき法定の義務があるから、被告らは本件事故によって生じた原告の損害を賠償する責任がある。

(三)  損害

原告は未だ幼年で本件受傷により将来学校生活、就職、結婚等あらゆる社会生活に多大の不利益をうけることが予想され、これによって生ずる精神的損害は、はかり知れないものがあり、そのためには少なくとも金一〇〇万円を相当とする。

(四)  結論

よって、原告は被告らに対し、各自金一〇〇万円およびこれに対する本件事故の翌日である昭和四五年一一月一二日から支払いずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二、被告沢本の請求原因に対する認否

(一)  請求原因第一項のうち、1ないし4の事実および一郎が原告の方に向けて板を投げつけたためそれが原告の右眼にあたり、よって原告が受傷したこと、原告が和歌山県立医科大学附属病院で治療をうけたことは認めるが、傷害の程度については否認する。なお、一郎はベニヤ板の切端を投げつけたのである。

(二)  同第二項のうち、一郎が昭和三九年九月一七日生れの満六歳であったこと、被告沢本が保育園の園長として代理監督義務を負っていることは認めるが、その余の事実は争う。

(三)  同第三項の事実は否認する。

三、被告甲野両名の請求原因に対する認否

(一)  請求原因第一項のうち、1ないし4の事実および原告が受傷したことは認めるが、一郎が原告めがけて投げつけたことは否認し、その余の事実は知らない。

(二)  同第二項のうち、一郎が昭和三九年九月一七日生れであること、被告甲野両名が一郎の親権者として法定の監督義務を負うものであることは認めるが、その余の事実は争う。

(三)  同第三項の事実は否認する。

四、被告沢本の抗弁一(免責の抗弁)

被告沢本は代理監督義務者としての義務を怠っていないから、本件事故について賠償責任を負わない。

(一)  一般的注意義務の履行について

1 一郎はいわゆる「措置内の子供」であって、これは和歌山市が措置決定通知書を保育園に出し、園児名と保育料を同市が決めてくるものである。措置内の子供については、入園・退園とも保育園が決定することはできず、同市の決定に委ねられており、同市が当該園児について措置解除通知をしないかぎり退園させることができないのである。

一郎は、昭和四三年一〇月一日入園当時から乱暴な振舞いが多く、他の園児を泣かせることもしばしばであり、特に一年保育(あと一年で小学校に入学する年令)になってから粗暴振りが目立って来た。毎回のようにガラスをわったり、友達を誘い塀を乗り越えて逃げ出したり、勝手に門から飛び出したりするので、保母は同人を監視するのが日課であった。また、年令の差別を問わず見さかいなしに遊んでいる園児を突然叩いたり、殴ったり、倒れている園児の上に飛乗ったり、あるいは砂場で何の原因もないのに周囲の園児に近距離から砂を投げつけ、エンピツで他の園児の顔や目に突きかかったり、はてはナイフを隠し持って他の園児に突くまねをするなどのため、これを恐れて登園しない園児が続出し、父兄から何度も苦情が出た。保母らは一郎を叱ったが、反対にかみついたり、叩いたりするなど抵抗して来て、一向に聞き入れようとしなかった。

2 このため保育園は、昭和四五年以来和歌山市福祉事務所を三、四回訪れて一郎の措置解除をするよう訴えたが、認められなかった。そこで、同年五月ごろから同市厚生課施設係に対し、一郎の保育指導について相談を持ちかけたが、適切な指導が得られなかった。さらに同年九月一四日県立中央児童相談所に依頼して、一郎の知能、精神状態を検査してもらったところ、知能程度は正常域にあり特に問題はないが、家庭での同人に対する取扱いに問題がうかがわれ、両親共働きで特に父親は同人に対して無関心で無視する態度が強く、拒否的な扱いであり、そのような両親との接触の不足が同人の退行的行動につながっていて、軽い情緒障害がうかがわれる、という結果であった。

3 保育園は一郎の母被告甲野花子との間で、一郎の行動について免責の合意をした。すなわち、前記のとおり一郎は入園当初から問題児であったので、同人の保育園における日常の生活態度については逐一被告甲野花子に報告していた。再度一郎の件が問題になったとき、保育園は同人の休園を申入れたが、被告甲野花子は「家にいてさすのもかわいそうだから、何とかお願いしたい。」と懇願するので、一郎が今後もし自己の不注意で怪我をしたり、他の園児に怪我をさせたりした場合には、保育園では一切その責任を負わない旨の合意をしたものである。

(二)  具体的注意義務の履行について

本件事故は咄嗟の出来事であって、その発生を防止することは不可能であった。

当日午後四時、降園時間となったので、帰り仕度をさせて全園児を運動場に出し、保母二人が園児の監視にあたりながら迎えに来た父兄の園児を正門まで送り出していた。そのとき運動場に出ていた一郎は、砂場で砂遊びをしたり、タイアをころがしたりなどして遊んでいたので危険はなかった。午後四時四〇分ごろ、ほとんどの園児は帰り残りは一〇名位であった。そのとき保母は、一郎が砂場近くでベニヤの板切れを持っていたので注意を与えて取りあげ、それを倉庫のダンボールの空箱に入れて戸を締めた。そのころ父兄の一人が迎えに来たので、正門近くにいた保母が子供を送り出していた。もう一人の保母は事故現場から二メートル位離れた砂場付近で監視していた。すると、一郎がいつの間にか再びベニヤの板切れ(縦横約一〇センチメートル、約一五センチメートル)を持っているのに気づいたので、保母がそれを取りあげようとした瞬間同人がそれを投げたため、そばにいた原告の目にあたった。

したがって、保母としては本件事故の発生を防止することは不可能で、何ら注意義務に欠けるところはない。

(三)  以上のとおりであって、一郎の粗暴な性格は家庭環境の欠陥によって軽い情緒障害をおこしていることに原因があり、その第一次的責任は父母である被告甲野両名に帰せられるべきであって、被告沢本としては代理監督義務者としての可能なかぎりの注意義務を履行していたのである。保育園にとって、規則に定める一クラス三〇人の保育は一郎のような園児のいない場合にはじめて可能であり、本件のような場合にはとうてい保育、監督は不可能である。

五、被告沢本の抗弁二(責任範囲特約の抗弁)

仮りに、被告沢本に責任があるとしても、原告と保育園はその入園に際して、園児の管理上生じた負傷、疾病その他の災害にかかる補償責任の範囲は日本学校安全会法の定めるところによる(保育園園則第一〇条)旨の合意をしたから、本件事故による賠償責任の範囲は同法施行令、同法施行規則に定めるところによることとなる。そうすると、現在原告の視力は裸眼〇・四以上であるから、それは同法第一八条第二項、同法施行令第二条第一項第二号、同法施行規則第一条に基づく別表第一三級に該当し、賠償額は金三万円である。仮りに、視力が裸眼〇・一としても、一〇級に該当し、せいぜい金七万五、〇〇〇円程度にしかならない。

六、被告甲野両名の抗弁(免責の抗弁)

本件事故は保育園内で発生したものであるから、その責任は法定の監督義務者に代って一郎を監督していた被告沢本にあり、被告甲野両名にはない。被告甲野両名が一郎を保育園の監督下においたことにはもとより過失はない。

七、抗弁に対する認否および主張

(一)  被告沢本の抗弁一について

1 同(一)1、2の事実は知らない。

仮りに、一郎の性格、行動が主張のとおりであるとしても、それなら同人が本件事故をおこすことは当然予期されたことになるから、被告沢本および保母らの注意義務はそれだけ加重されるはずであり、措置解除が認められなかったとしても、そのことを理由に被告沢本の責任が消滅するいわれはない。

2 同(一)3の事実は知らない。

仮りに、主張のような合意があっても、それは被告らの内部関係に過ぎない。

3 同(二)の事実は否認する。

本件事故の発生は午後四時から五時までの間の自由保育時間中で、園児が家族の迎えを待つため運動場で遊び、保母二人(訴外松尾かずみ、同井脇敬子)がそれらの園児を監督しているときであった。

ところで、一郎の日常行動は、保育園で早くから問題視されていたのであるから、他の園児に危害をおよぼすことのないよう細心の注意をすべき義務があり、事実保母の間では、常に同人から目を離さないようにすることが討議されていたのにもかかわらず、右松尾は他の園児を迎えに来た父兄と話をし、右井脇は園児を監督していたが、他の園児に気を奪われて一時同人から目を離した。そのすきに、一郎は前記のとおり粘土細工用練板ないしはジャングルジムの下にあったベニヤ板をひろって来たので、それを見た井脇が取りあげにいこうとした瞬間前記行為におよんだのである。したがって、右二人の保母は、一郎からかなりの時間目を離していたものであり、右注意義務に違反したことは明らかである。

4 同(三)の事実は否認する。

(二)  被告沢本の抗弁二について

保育園園則第一〇条に主張のような規定のあることは認めるが、その余の事実は否認する。

日本学校安全会法は、法制上日本学校安全会を承認し、これに学校災害の共済給付をおこなわせることを目的としたものであって、一種の社会保険であり、これは現実に生起する損害賠償請求権を規制するものではない。

(三)  被告甲野らの抗弁について

否認する。

八、再抗弁(特約無効の抗弁)

仮りに、被告沢本主張のような責任範囲についての特約が認められるとしても、それは単なる例文として法的効力を有しないし、また園児の蒙った損害の賠償責任の範囲を日本学校安全会法の定める範囲に限定する契約は、その限定する範囲が園児の生命、健康という人権に関するものであり、かつその契約に応じなければ入園を許可されないのであるから、公序良俗に反し無効である。

九、再抗弁に対する被告沢本の認否

争う。

第三、証拠≪省略≫

理由

一、争いのない事実

(一)  原告と被告沢本

請求原因第一項のうち、1ないし4の事実および一郎が原告の方に向けて板を投げつけたため、それが原告の右眼にあたり、よって原告が受傷したこと、原告が和歌山県立医科大学附属病院で治療をうけたこと、同第二項のうち、一郎が本件事故当時昭和三九年九月一七日生れの満六歳であったこと、被告沢本が保育園の園長として代理監督義務を負っていることは当事者間に争いがない。

(二)  原告と被告甲野両名

請求原因第一項のうち、1ないし4の事実および原告が受傷したこと、同第二項のうち、一郎が昭和三九年九月一七日生れであること、被告甲野両名が一郎の親権者として法定の監督義務を負うものであることは当事者間に争いがない。

二、≪証拠省略≫を総合すると、次の事実が認められる。

本件事故は、昭和四五年一一月一一日午前九時から午後四時までおこなわれた一斉保育の終了したあと、午後五時までのいわゆる自由保育時間中の午後四時三〇分ごろ発生した。当時、当番の保母二人が保育にあたり、父兄の出迎えまでの間園児を運動場で遊ばせていたときであった。すでに、全園児九〇余名のほとんどは降園し、僅かに一〇名前後の園児が残っているだけであった。

一郎は運動場で遊んでいたとき、他の園児と些細なことから喧嘩になり、その相手に板切れを持ってかかっていこうとしたが、素早く見つけた保母に板切れを取りあげられてしまったので、園内の運動場か保育室北側の園舎新築現場付近からプリント合板の板切れ(縦約一〇センチメートル、横約一五センチメートル)を拾って来て、砂場近くで遊んでいた相手の園児に近寄ったところ、正門付近にいた保母に発見され、またも取りあげられそうになったので、あわてて相手の園児めがけて僅か数メートルの距離から投げつけた。ところが、板切れはやや曲って飛んだため、すぐ近くにいた原告の右眼にあった。

以上の事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫

右事実によれば、本件事故は一郎の違法行為によって発生したものということができるが、同人は本件事故当時満六歳の保育園児であったことは当事者間に争いがないから、同人はその行為の責任を弁識するに足りる能力を有していなかったものというべきである。したがって、同人は本件事故による責任を負わない。

三、ところで、被告沢本は、代理監督義務者としての義務を怠っておらず、本件事故による責任はむしろ被告甲野両名に帰せられるべきである旨主張するので、この点について判断する。

1  ≪証拠省略≫を総合すると、次の事実が認められる。

一郎は、父母の被告甲野両名が共働きであることその他収入、家庭環境等の諸事情から、和歌山市長により児童福祉法に定める保育園への入所措置の決定を受けた園児の一人として、昭和四三年一〇月一日満四歳で入園し、昭和四六年三月卒園した。同人は入園当初こそ比較的おとなしかったが、保育園の生活に慣れるにしたがって次第に粗暴な振舞いが目に余るようになって来た。たとえば、何回も保育園のガラスをわったり、園児を誘っては勝手に門から飛び出したり、遊技中の園児に暴行を加えたり、さらに鉛筆で突きかかったり、はてはナイフを隠し持って突くまねをしたりするなど、その不行跡ぶりには枚挙のいとまがない程であった。そのため保育園では、一郎に対してできるかぎりの保育、監護を尽し、粗暴な行動を発見する都度叱責等の懲戒を加えて来たが、同人は一向に聞き入れようとせず、かえって保母に対してもかみつくなどの反抗的態度を見せるありさまで、とうてい保育の目的を達することは困難な状態であった。

しかし、保育園としては、措置のための委託を一方的に拒絶することもできなかったので、昭和四五年九月ごろから同年一一月にかけて三回にわたり和歌山市に対して右実情を訴えて措置決定の解除方を要請したが、認められるところとならなかった。そこで、被告甲野花子に対し、保育園自らあるいは同市担当係員を通じて一郎を自主的に退園させるよう求めたが応じてもらえず、僅かに数日から一週間程度休園しただけであった。このため、保育園は被告甲野花子に対し、一郎が園内で事故をおこして受傷したりあるいは他の園児に傷害を負わせたときには、被告甲野両名において責任をとり、保育園としては一切責任を負わない旨の合意をした程であった。また、一郎の知能、精神状態に疑問を抱いた保育園は、昭和四五年九月一四日和歌山県立中央児童相談所に同人を連れていって知能検査をうけさせたところ、知能は正常域にあるものの、問題のある家庭環境に起因する軽い情緒障害がある、と診断された。

以上の事実が認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

2  児童福祉法によれば、保育所は、日日保護者の委託をうけて保育に欠けるその乳児または幼児を保育し、特に必要があるときは、日日保護者の委託をうけて、保育に欠けるその他の児童を保育することを目的とする児童福祉施設であり(同法第三九条第一、第二項)、施設の長は、同法に基づく措置決定に対しては、正当な事由がないかぎり、これを拒絶してはならず(同法第四六条の二)、入所中の児童で親権をおこなう者のあるものについても、監護、教育および懲戒に関し、その児童の福祉のため必要な措置をとることができる(同法第四七条第二項)とされている。これを要するに、保育園の園長および園長個人は、園児を保育し、もってその健全な心身の発達を助長するといういわば社会公益上の重要な責務を負うとともに、その故に行為の責任について弁識能力を欠く園児の監護、教育等に関しては、親権者の有無にかかわりなく、保育園ないしこれに準ずる場所での生活関係における必要なあらゆる措置をとることが認められているものと解される。したがって、その監督義務の範囲は、右のような地位、権限、義務等に照し、当該行為を全く予期しえない等の特別な事情がないかぎり保育園における保育およびこれに随伴する生活関係におよぶものというべきであるから、右生活関係について監督義務を怠らなかったことを立証しないかぎり、責任を免れないと解される。この点は、小学校あるいは中学校において、学校教育活動およびこれと密接不離の関係にある生活関係に限定される監督義務の範囲とは、広狭自ら異るといわなければならない。

3  これを本件についてみると、本件事故は保育園の運動場で、保育の一環である自由保育時間中におきたものであり、しかも一郎の平素からの乱暴な振舞いからすれば、本件行為は全く予想しえなかったものとはいえないから、代理監督義務者である被告沢本の監督義務の範囲内において発生したものであり、前記認定の事実をもってしてはいまだ監督義務を怠らなかったものとはとうてい認めることができない。したがって、被告沢本の主張は理由がない。

四、次に、被告甲野両名は、法定監督義務者としての責任はない旨主張するので、この点について判断する。

1  親権者は児童の全生活関係について監督義務を負うものであるから、たとえ代理監督義務者に責任があるからといって、それがため当然に親権者の責任が免除されるいわれはない。親権者の過失責任は、当該違法行為についてのそれではなく、一般的に監督を怠ることであり、実質上危険責任の性格を有すると解される。したがって、当該行為の客観的諸事情を綜合的に考慮し、行為が専ら代理監督義務者の監督下でおこなわれ、しかも児童の日常における生活関係の全面にわたって監督義務を怠らなかったことを立証しないかぎり、親権者は責任を免れることができないと解するのが相当である。

2  これを本件についてみると、全証拠を検討しても、被告甲野両名が一郎の日常の生活関係において監督義務を怠らなかったと認めるに足りる証拠はなく、かえって前記認定のとおり再三にわたる保育園等からの指摘によって、同人には教育上配慮すべき多くの問題があることを知悉しながら、何ら適切な措置を講ずることなく時日が経過していた間に本件事故が発生したことが認められるのである。したがって、被告甲野両名の主張は理由がない。

五、そうすると、被告らは本件事故によって蒙った原告の損害を賠償すべき責任があるところ、被告沢本は原告と補償責任の範囲を限定する特約をした旨主張するので、この点について判断する。

保育園園則に被告沢本主張のような規定のあることは当事者間に争いがない。

≪証拠省略≫によると、原告の入園に際して右園則を交付した旨述べているが、他方証人北野フジ子はこれを否定しており、交付の事実を認定することは困難である。仮りに、右交付の事実が認められるとしても、それによって当然に、負傷、疾病、廃疾、死亡に関する補償責任の範囲を、責任の帰属いかんにかかわりなしにすべて日本学校安全会法、同法施行令、同法施行規則の定めるところに限定する旨の合意が成立したものということはできない。同法はいうまでもなく学校教育の円滑を期するため、学校設置者が保護者の同意のもとに安全会との契約により共済掛金を支払い、災害に対して一定額の共済給付をうけるものである。したがって、園則の趣旨とするところは、右契約の締結および保護者からの掛金徴収について保護者の同意をうることにあるものと解される。したがって、被告沢本の主張は理由がない。

六、そこで、原告の慰藉料について判断する。

≪証拠省略≫によると、原告は本件事故により右眼球打撲・網膜振盪の傷害をうけ、和歌山県立医科大学附属病院等に昭和四八年二月八日まで通院したが、同日現在右網膜振盪・外傷性白内障、右裸眼視力〇・四、矯正視力〇・九、外傷性白内障は進行の可能性がある、と診断されたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

右事実および通院の治療期間、予後の見透し、原告の家庭状況等本件にあらわれた一切の事情を斟酌すると、本件事故によって蒙った原告の精神的苦痛は、これを慰藉するに少なくとも金五〇万円を要するものと認められる。

七、よって、原告が被告らに対し、各自金五〇万円およびこれに対する本件事故の翌日である昭和四五年一一月一二日から支払いずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める部分は理由があるので認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条本文、第九三条第一項但書、仮執行の宣言について同法第一九六条第一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 大藤敏)

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